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Mosaic Box
梅之ゆたか著
小説ファンタジー詩集歌集
概要・登場人物: 櫂はあるけれどあるが儘におやくっさま
おやくっさまの夏祭足入婚放蕩後妻葦の如お兄ちゃんツネ往生望郷

足入婚

家柄がものを言った時代、嫁は、夫と舅、姑にかしづき、跡継ぎの男子を産むことで、嫁としての地位を築いた。佐吉の母ツネは、そういう時代にしかるべき家に生まれ、然るべき旧家に嫁ぎ、嫁として婚家に仕えてきた。
舅も姑も、夫までも他界した今、家の存続はツネの両肩にかかっていた。女手に田舎の旧家の切り盛りは荷が重い。早く、跡取りである佐吉が所帯を持って切り盛りしてくれれば、荷も軽くなろうというものだが、本人はどの縁談もつき返してくる。
何としても、生きているうちに跡取りの孫ができるのを確かめたい。一人息子の嫁選びに頭を痛めるツネは親戚中に心当たりを尋ね、良い娘がいれば声をかけてくれるように頼んで回った。

村祭も終わって、祭り気分も抜けた数日後、娘婿の孝蔵がひょっこり顔を出した。いつもは、ツネが口うるさく言うのを嫌ってろくに挨拶にも来ないのに、と訝っていると、佐吉の嫁に心当たりがあると言う。また、よくよく聞くと、佐吉がどこぞで見初めて、孝蔵がその娘を見知っていると知るや、口を利いてくれと頼んだらしい。
どんな娘かと聞くと、孝蔵の顔が僅かに引きつった。何か難でもあるのだろう。ちゃんと聞き出しておかないと、家の格に響くといけない。長年嫁として家のためにと必死で尽くしてきたものを、私の代で家名を貶めたとあっては、実家にまで恥をかかせることになる。
佐吉が農民の娘などを嫁にしたいと言い出すとは。この旧家が農民を嫁にもらうなどできるわけがない。そう言ってさんざん息子を叱りつけ、何とか気持ちを変えさせようと試みたが、佐吉はその娘でなければ結婚などしないと言って譲らない。
分家とはいえ、わが家の所有地は広く、血筋は神代ともいえる時代から続いている。現代は衰退しているとはいえ、荘園の名残を偲ばせる地名までも残しているのだから。
それなのにあの娘は家柄も血筋もありはしない。どこでどう目に留めたものか、あんな後ろ楯もない娘を嫁にしたいと言い出すとは。例え豪農といえど、農家の娘を嫁と認めることなどできようはずがない。ツネは息子佐吉の不甲斐なさに歯噛みした。
私はこの家を守る為に嫁し仕えてきたのだから、なんとかして思いとどまらせなければ。しかし、取り乱して見せたり、泣き落としにかかったりしても、佐吉の気持ちは揺るがなかった。
すでに夫は無く、家長である息子に、あくまでも強制はできない。それに、早く跡継ぎが欲しい。ツネは、何とか怒りを胸のうちに押さえ込んだ。
まあ、農家とはいっても小作人を抱えた豪農ではある。さすがのツネも認める以外にないと、そういう諦めの心境になってしまった。

孝蔵では若すぎて見くびられるというので、孝蔵の父が口利きをすることになり、ナミの家まで出向いていった。

娘の家では、玉の輿ではあるが、可愛い娘が苦労するのがわかっているので、なかなか首を縦に振らなかったが、なんと、娘が嫁に行きたいと言い出した。娘の方も祭の日の佐吉が目に入っていたらしく、「あの人ならとても優しそうだし、どこの嫁もお姑さんには口答えできないのだから、望んでもらっているなら行きたい」と言い出した。
親の方もそこまで言うならと、佐吉の人となりを人に聞いて回ると、旧家の坊ちゃんのせいか人が良く優しい性格で暴力的なところは少しもないらしい。それなら、姑はどうあれ、佐吉の方は望んだことだし、娘を大事にしてくれるだろうということになった。
娘が本当にうれしそうな顔をするもので、嫁いでからの苦労が思われて、親の心は複雑だった。幸いにも裕福ではあるので、肩身の狭い思いをさせては可哀相というので、できる限りの嫁入り自宅を持たせることにして、少しでも苦労を減らしてやろうと心を砕いた。嫁入り支度を見た者すべてが、豪農とはいえ、その贅沢さに目を見張った。
旧家の結婚式というので、当日は結構な身分の者達が集い、それは豪華なものになった。近隣の町長や町議に加え、村役なども勢ぞろいしており、驚いた娘の親は、肝を冷やし、嫁入り支度が功を奏してくれることを祈った。
嫁いできたナミは、ツネが何を言ってもじっと我慢し、ナミを好いている佐吉の方がツネにくってかかる始末だった。もっとも、ナミ自身が口答えをしたなら、それはそれで、嫁のくせにと小言を並べるのだろうが。
ツネとしては、頼みの息子が嫁にかまけて腑抜けたようにしか見えない。ナミにしても、大人しすぎて覇気が足りず、家を任せる気にはとてもなれない。
しかし、夫婦は仲睦まじく、その証拠とばかりにすぐに赤ん坊ができた。産まず女なら簡単に離縁できようものを、と、ツネは胸のうちで憤慨した。しかし、跡継ぎができれば、ナミも少しはしっかりするだろう。お産がすんだなら、嫁の心得をしっかり仕込んでやらないと、安心なんかできやしない。
そして、ナミの出産の日、ツネにとって幸か不幸か、産まれたのは女の子だった。佐吉はナミの為に落胆したが、ナミにとっては、女の子と聞いた途端、首が絞まったような気分だった。
ツネは、お産の疲れが取れたころを見計らいはしたが、これ幸いと、ナミを罵った。そのうえ、『後継ぎの男子を産めない女を嫁にしておくわけにはいかない』と、赤ん坊共々実家へ帰してしまった。
佐吉は激怒したが、ナミの実家でも、いびられるのがわかっている婚家に、追い出された娘を再び返そうなどとは考えもしなかった。落ち着いたら、どこかの裕福な農家の後添いにでもやれば良いのだから。
このような、跡継ぎの男子を産めないことを理由にした婚姻の解消は『足入婚』といわれた。女性に対するこんな酷な差別が、この時代には堂々と罷り通っていた。女は嫁としての器量のみを評価の対象とされ、学問への道は閉ざされ、『三界に家無し』を余儀なくされた。女はどんな男に対しても無力で、男に楯突くことは断じて許されなかった。女性蔑視は世界中のどこでも大して変わりはない。
女は子供を宿し、産み落とし、子の自立の日まで守り抜こうとする。それと引き換えに、ただでさえ弱い腕力を子育てに集中させるため、非常に無力にならざるをえない。子の傍で子を守り続けるには、食べるために働く者の助力があることが必要であり、そうでなければ、子を置いて自分が働かざるをえない。まさに、そのために女は男に虐げられても耐え、子を守り育てるために、腕力の勝る男に虐げられることに慣れるしかなかったのだから。

家中心の社会は容赦なく二人を引き裂いた。産まれた娘の佳菜共々実家へ帰されたナミは、佐吉恋しさに幾度となく家人の目を忍んで会いに戻ったし、佐吉もこっそりと迎えたが短い時間の逢瀬でしかなかった。当然とはいえ、会う度毎に見つかり、ツネに追い払らわれるか、実家の者に連れ戻されたりした。
また、ナミの実家としても、世間にいつまでも出戻り娘を置いているわけにもいかない。しかし、再婚先に赤ん坊を連れて行かせるわけにもいかず、もう会うこともないであろうことを承知の上で、佳菜を佐吉の元に戻し、ナミを再婚させるしかなかった。
約一年後、ナミは二人の子のいる隣村の農家の後添になり、二人の娘佳菜は、その時に、佐吉の元に返された。しかし、佐吉は全ての縁談を撥ねつけ続け、頑として再婚しようとはしなかった。

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