Heaty Pepper TOPページへ Web読書函
Mosaic Box
梅之ゆたか著
小説ファンタジー詩集歌集
概要・登場人物: 櫂はあるけれどあるが儘におやくっさま
空襲警報大阪へ和裁学校帰郷結婚別離出産虚空再起

空襲警報

昭和二十年。この年に、世界で初めて、戦争に核爆弾が使われる。『神国日本』と豪語していた日本。その日本に初めて無条件降伏を強いた戦争は、確実に終わりに近づいていた。敗戦の序曲のような日本本土への空襲も、もう始まっていた。
三月になったとはいえ、九州の北部に位置する福岡はまだまだ肌寒い。昨日は名残雪が降っていた。朝夕の寒さは、冬に逆戻りしたかのように思える。
それでも、やっと陽の温もりが心地よく感じられるようになったある日の午後、空襲警報が鳴り響いた。田畑に出ていた者も、家に残っていた者も、防災訓練で受けた指示通り、皆一斉に防空壕目指して動き出した。余所者でさえ、その村人達の後を追った。
といっても、ここは通過地点に過ぎない。こんな九州の北の片田舎、ましてや、本州へ行くにも回り道になるような地域を目指しての空襲は、今までになかった。それはさておき、民家もろくにない田畑ばかりの田舎では、逃げても無駄としか思えないが。

佳菜は、従兄の武志に赤紙が来ると、すぐに挙式した。当時は、家系を存続し子を残すためによくあることであり、当然のことだった。二人はたった一週間の新婚生活を送り、武志はすぐに出征した。今は戦地にいる。佳菜は夫の帰りをひたすら待っている。
そして今、佳菜は臨月間近の大きなお腹を抱えている。これで狙われたなら、逃げるというよりは格好の標的になるのは間違いない。佳菜のお腹は、もういつ生まれてもおかしくないくらいに大きくなっている。走って避難などできるわけがない。
かといって、このまま家に隠れているわけにもいかない。落ちぶれた旧家というのは惨めなもので、佳菜の家は公然とではないが村八分にされている。ちゃんと防空壕まで行かないと、お腹の赤ん坊に何かあっても、何もしてもらえないかもしれない。
とはいうものの、放蕩者で通っている父の佐吉は家から出ようとしないのだが。佐吉は、夜中の空襲の時でさえ灯りに覆いを被せようともしない。夜中の空襲で灯りに覆いを被せないと、灯りを目印に爆撃される恐れがある。近所の者にしてみれば、これ以上ないほど迷惑で、巻き添えになどなりたい筈がない。どうどうと非国民と罵り、憲兵に密告したとしても不思議ではない。
夜中に空襲があると、いつも佳菜が大きなお腹を抱えて、母屋まで被せに行っている。でないと、また村人の怒りを買ってしまう。初めての夜中の空襲のときには、自分達の命まで道連れにするつもりかと、恐ろしい剣幕で怒鳴り込まれてしまったのだから。
「佳菜しゃん。手ば引くな?はようせな。こけんごと。」
追い抜いていこうとした村人が声を掛ける。
「ありがとうござす。はよう先い行ってつかあさい。こけんごとして行くけん。」
置いて行きかねるのか、立ち止まって待とうとする子連れの母親もいる。
「よかけん、先い行ってつかあさい。子供ばはよ連れていっちゃらな。」
「ほんなごつよかね、そんなら先に行っとくばい。気いつけんしゃいよ。」
「あいがとう。」

遠くの田畑に出ていた村人がやってくるころ、ようやく佳菜も裏山の防空壕に辿り着いた。それなりに急いだせいか、お腹に少し痛みを感じる。
「佳菜しゃん、大丈夫とね。えらいきつかごたあが。お腹が痛いっちゃないとね。」
「うん、ちぃと痛かばい。座らしちゃらっしゃあね。」
「ああ、よかよか。こっちぃ来て座んしゃい。じぃっとしとったら良うなるたい。」

有り難い事に、村人達は結構親切にしてくれる。何しろ、国を挙げて『産めや増やせや』とやっているご時世だから、間違っても妊婦を軽んじて流産させるわけにはいかないのかもしれない。そうでもなければ、防空壕にも入れてもらえないかもしれない。
空襲警報はしばらく解除されない。佳菜の住んでいるのは田舎だから、兵舎も兵器工場もない。爆撃機の通り道にしかすぎないが、帰る飛行機が行ってしまわないと解除できないからだ。
周りの村人達に頭を下げ、挨拶をしながら、声を掛けてくれた女性の脇まで入っていく。詰めて空けてもらった場所に座り、その剥き出しの土の壁に背中を預けた。背中から寒さが伝わってくる。佳菜は、痛みを紛らせようと、優しい従兄であり、佳菜の夫であり、今は戦地にいる武志との思い出の中に入っていった。

前に戻る
このページのTOPに戻る
空襲警報大阪へ和裁学校帰郷結婚別離出産虚空再起
概要・登場人物: 櫂はあるけれどあるが儘におやくっさま
小説ファンタジー詩集歌集
イジメられっ子REVOLUTIONWeb読書函MosaicBoxゆたか童話缶Colorful Box