誰でも知っているように、服を着て泳ぐよりは、水着で泳ぐほうが泳ぎやすいし、服が邪魔をしないぶん、泳ぐという動作がスムーズにできる。服が邪魔になって溺れることだってある。走るときにも着物では走りにくい。人目を気にせず裾をはしょれば走れないことはないが、ランニングパンツのほうがはるかに楽に速く走れる。

同様に、何かを成そうとするときは、心身の環境をできるかぎり快適な状態にすることで、より楽に成しやすくすることができる。人であれ動物であれ、機械ででもないかぎり、何かに気を取られている時は『他のこと』がおろそかになる。『他のこと』に注意を向けたければ、気を取られているものに気を取られずにすむような状態に持っていかないかぎり、『他のこと』に注意を向けることはできない。

それが苦痛であれば、疾病の苦痛であれ、心の苦痛であれ、傷に塩を擦り込むような日々は苦痛でいっぱいになり、他に向けるべき力がいっさい尽きてしまう。勉強でも仕事でも、ガミガミ怒鳴られながらでは、怒鳴り声にじゃまされて、覚えることに集中できない。人は、集中しているときに話しかけられるだけで集中を乱されるものなのだから。

昔の師弟関係では『師の技術を見て盗め』といわれたが、師とて、怒鳴りながらではろくな仕事ができなかっただろう。怒鳴るのは一時やめにして、仕事に集中せざるをえなかったはずだ。だからこそ、『師の技術を見て盗め』ができた。学校の教師と生徒の関係も同様に、優れた教師にも、道徳の説教をしながら同時に学問を教えることはできない。説教と勉強は、別々になされることで、導くことと教えることの両方ができる。

しかし、イジメの絶えない環境では、教師がどうあがいても教育は行きわたらない。いじめっ子は、すっきりとして気持ち良く勉強できるだろうが、イジメられっ子は勉強に集中できる精神状態にはほど遠い。学力の差はどんどん開き、なおイジメがひどくなる。本来は高い学力を発揮できるであろう子も、イジメられ始めると『社会に適応できない頭の悪いできそこない』のレッテルを貼られるようになる。イジメが始まった年齢が早ければ、基礎学力も身につけられない。

親が教えようにも、子の心を逆なでするような現実ばかりが続く。教えた親をはるかにしのぐほどＰＣを扱いこなし、日常の漢字やアルファベットを使えても、四則演算が自在にできないなら、日常の動きにこと欠くなら、社会生活は営めない。年齢が上がるほど、覚える気力が失われるのも、絶望へと向かうのも、止めきれない。

それなのに、役人は、公の嘘や偽善を平然とやり、子の生きる気力を削いでおきながら、「教える場所があっても、そこまで行こうとはせんでしょう？それを考えるんですよ。」という言い訳をする。そのうえ何をするでもない。あいさつくらいしろと言われても、そんな人間に敬意を払えなどと、どうして子に強制できようか。自殺しない子は、『死人に口無し』が死ぬより悔しく辛いからこそ、どうにか生きているのかもしれない。そうであれば非情に過ぎる傲慢さといえないだろうか。

親の力では教えられることに限りがある。だからこその専門家であり、学校教育であろうに。教育現場の堕落は、親が必死で改善を要求しても無視しつづけた結果であり、行政には、その責を全面的に負う義務がある。人を生殺しにする政治をしておきながら、雲のうえの豪勢な議員宿舎に低家賃で住む資格があるというのか。もっとも、議員と国民の過半数がそれほどに傲慢であるからこそ、これほどに国が傾いてしまったのだろうが。

動けない人に対しては、その人が動ける環境を用意するか、教育者みずからが動いて出向ける環境を用意すれば良い。それに値するだけのことを行政はなおざりにしてきたのだから。無理だろうが、できなかろうが、役人の、これ以上の傲慢にも、いいかげんな行政にも、寛容になる気には全くなれない。できないなら、国が生涯の保障を明確にして、せめて、死んでも死に切れない親子の心情を和らげ軽減する努力ぐらいしてほしいものだ。異常者でもないかぎり、子が飢え死にするのを想像しながら死にたい親はいないのだから。